愛本

2016.07.31

あさ、シャワーから出てくると母親からのメールにどんよりするが

荷物が届き、幾ばくかの光がさしてきた。

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2016.05.31

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京都からお持ち帰りしたものたち、京都までいってシオランを購入。

ドヤ街、釜ヶ崎のルポルタージュ『釜ヶ崎から』

『暴力の哲学』は村上さんからのいただきもの。

さいきん、たしかつい最近だったと思うけどタイトルを目にしていて

読みたい本の一冊だったので感激した。

2019.05.28

新大阪まで新幹線でいきそこからはローカル線に乗り換えていざ京都。

行く先々で愉快な、決して目を合わせてはいけない人たちと

おもしろいくらいに行き合わせ、ときには隣り合わせる。

ついたホテルは今まで二人で泊まったどのホテルより豪華で広く

ここに住みたいとさえ思わせた。

一息ついて村上さんとの待ちあわせの場所へ。

3日ほど前に東京からかよさんが来ていたと聞いて無性に会いたくなる。

数件のレコ屋に連れて行ってもらい欲しいものもあったけど

荷物を抱えた歩きにくそうな自分を想像し頭をブンブン振って物欲邪念を振り払う。

夜は今まで食べた中でも記憶に残るツートップ、美味しいパスタを頂いた。

鴨川のほとりで村上さんと明日の約束をして別れ

ホタルを見ながらホテルまでタクる。







2016.05.23

現代人は事実を好むが、事実に伴なう情操は切り捨てる習慣である。

切り捨てなければならないほど世間が切迫しているのだからしかたがない。

その証拠には新聞を見るとわかる。

新聞の社会記事は十の九まで悲劇である。

けれども我々はこの悲劇を悲劇として味わう余裕がない。

夏目漱石(広田・三四郎)


漱石の残したことばにカビ臭さはまったく感じられず

時代の連続性を感じずにはいられない。

2016.05.15

今日、気になった言葉「ナチュラルに盛れる」

今、あたしの中でおんなのことばが熱い。

茨木のり子に始まり落とし前をつけて生き抜いたおんなたちのことば。


伊藤野枝のことば。

ただ私がこの年月の間にまなんだことは

『恋は、走る火花、とはいえないがじぞくせいをもっていないことはたしかだ。』ということです。

が、その恋に友情の実が結べば、恋は常に生き返ります。

実を結ばない空花の恋は別です。実が結ばれれば恋は不朽です。

不断の生命を持っております。

その不朽の恋をえることならば、私は一生の大事業の一つに数えてもいいとおもいます。


長く自問していた事柄がストンと完結させられている。


読んだ本…『村に火をつけ白痴になれ』栗原康

2016.05.05

こどもの日。

身支度を整える母の声を遠くに聞きながら夢の中。

10時すぎに起床し、布団を押し入れに直し、流しの放置された茶碗を洗い

自宅に戻るためのタクシーを呼ぶ。

母親が贔屓にしているドライバーさんだったため着くまで談笑が続きそうだったので

手にしたスマホをそっと鞄に戻す。

読みかけの本をやっと完読。

他人の影に自分の将来を重ね合わせ感情の余白を掻き乱される。

孤独は誰にでも訪れる死に至る病と思っている。


カフカ原作「断食芸人」が中洲大洋映画劇場で13日まで公開されているらしい。

ぜひ観たいとおもっていたくせにどうせ公開などされないだろうと鷹をくくっていたら

このザマ、行けそうにない。

唇を噛んでやる。


読んだ本…「無縁社会」

2016.03.18

ベッドに潜り込むも瞼が落ちてこない。

テレビのタイマーを2回ほど延長。

やっと眠りについた2時すぎ、1時間ほど寝たのちふと覚醒。

普段なら気にしないがどうしようもなく湧いてくる胸騒ぎに

落ち着くことが出来ずついにベッドから抜け出し、

煙草に火をつけトイレに向った。

用を足したあとも胸騒ぎはおさまる気配もなく

ベッドに入る気にもなれないのでそのまま便座の上で座っていた。

便意も尿意とも遠いなかで便座に座り続ける様は傍から見れば滑稽そのものだった。


無言館ノオト-窪島誠一郎

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